デス・オーバチュア
第240話「赤月公主(せきげつこうしゅ)」



暗黒の拳の爆発は全ての暗黒龍ごとセレナを消し飛ばす。
消し飛ばすとはいっても、流石にセレナは暗黒龍達と違って本当に跡形もなく『消えて』はいなかった。
「…………」
暗黒龍が全て消滅し、暗黒の爆発も晴れると、セレナの姿だけが取り残されるように出現する。
「………………」
セレナは呆然……気抜けしたようにぼんやりと立ち尽くしていた。
黒と紫で構成された魔皇の衣装は、殆どが消し飛び、かって衣装だった布切れが少量体に貼りついているだけ。
結われていた金髪も解放され、頭頂部から黒いうさ耳が伸びていた。
暗黒の六翼も月光翼も全て消え失せ、体中が薄汚れ……文字通りボロボロといった感じである。
「手加減したとはいえ、今の一撃を受けて形が残っているとは……流石、我が妹だ……」
クライドは再び生やした暗黒の二翼を羽ばたかせて、ゆっくりとセレナへ近づいていった。
「……も……う……」
「ん?」
呆然自失の少女の口から微かに声が漏れる。
「……もう……何も……いらないいぃっ! あああああああああああああああああああっ!」
「むぅ!?」
セレナの全身、特に背中から爆発的に暗黒が噴き出し、近づきつつあったクライドを弾き飛ばした。
「何もいらない?……後先を考えるのをやめたのか?」
「いやああああああああああああああああっ!」
両手の甲、そして、二つの乳房と首の間に赤眼が開眼する。
両眼と合わせて五つの赤眼……赤い月がどこまでも妖しく光り輝いた。
「ああああああああああっ! あああああああああああああああああっ!」
背中から噴出し続ける暗黒が巨大な蝶の羽と化し、羽の四面(左下、左下、右上、右下)に巨大な赤瞳が開眼する。
「複眼が三つ……翼の模様も副眼なのか?」
七つの赤眼(赤月)の輝きが、暗黒の深さと暗さ……力をより高めているかのようだった。
「ぁぁぁぁぁ……」
薄いリボンのような暗黒がセレナの全身に巻き付いたかと思うと、魔皇の衣装が新生される。
ただし、今度の衣装は黒と紫ではなく黒一色……闇色の布地で、血のような赤で縁取りや模様がなされていた。
「…………」
絶叫の終了と共に、常に放出され荒れ狂っていた暗黒が治まっていく。
「……魔眼……解放……」
「くっ!」
治まり安定しようとしていた暗黒が、セレナの額に『赤眼』が開眼された瞬間、数十倍に跳ね上がった。
八番目の赤眼は、他の赤眼とは明らかに輝きの強さと激しさが……『格』が違う。
他の七つの赤眼(赤月)は、額の真なる赤眼(赤月)へ従属する小さな月(モノ)に過ぎなかった。
「……ふん、赤月公主(せきげつこうしゅ)とでも言ったところか? それとも、美しき魔界の黒死蝶?」
「……素敵な異名をありがとう……お兄様……これからはそう名乗らせてもらうわ……」
黒いうさ耳はいつの間にか消え、代わりに大きく可愛らしいヘッドドレスが頭頂部を覆っている。
「別にドレスで全身を着飾っても良かったんだけど……Dやアンブレラの二番煎じぽいし……さっきの吸血姫も完全体の衣装(パーフェクトコスチューム)がドレスだったし……私は変わらず露出系でいくことにするわ……」
赤月公主セレナ・セレナーデが口にしたのは、自らの服装(ファッション)についてだった。
「いっそのこともっとハードに走ったらどうだ?」
クライドは意地悪く微笑しながら言う。
「鎖やボンテージとか〜? お兄様の好みがそうなら考慮するけど……多分、それだと被りそうなキャラが多いから……」
「なるほど……では、始めようか?」
「はい、お兄様……」
セレナの姿が霞むように消え、入れ替わりにクライドの懐に出現した。
「はああっ!」
赤光を放つ右拳がクライドの腹部に叩き込まれ、金属が砕けるような轟音が響く。
「うふふふふっ、流石、お兄様の硬質化したお肌は違いますわねぇ〜。魔王如きだったら、この一撃で木っ端微塵よぉ〜」
いつもの余裕と嫌みに溢れた口調がセレナの口から発せられた。
「きゃははははははっ!」
セレナは続けざまに、莫大な赤い輝きを放つ両拳を放ち続ける。
その一撃一撃が、クロスのオメガアースやクリーシスのラストヒットと同等……あるいは凌駕する程の威力があった。
「ふん」
クライドは両手に暗黒闘気を集束させて、セレナの赤月の両拳を『受け』続ける。
闘気を纏っていない『生身』では、例え硬質化している上半身でも直撃は危険だと判断したからだ。
現に最初の腹部の一撃だけで、黒き鎧のように硬質化した肌に亀裂が走っている。
「あはははははははははっ! 初めての本気の兄妹喧嘩ですわね、お兄様ぁ〜」
最早、セレナには技や術など必要なかった。
ただエナジーを集中させた拳や蹴りが、どんな技も凌駕する破壊力を持つのだから……。
おそらく、おもいっきり大地を殴れば、それだけこの極東(島)を沈めることも可能なはずだ。
「赤月……魔の月の力を暗黒と見事に引き立たせ合っているな……面白い血の混じり方をしたものだ」
赤月の両拳を暗黒の両手で捌き続けるクライドは、なぜか余裕ありげである。
「えぇ〜、私はお兄様のような純粋な暗黒じゃないわ……まるで、お父様の生き写しのように、姿だけでなく暗黒(力)も完全継承したお兄様とは違う……」
クライド・レイ・レクイエムは、容姿も能力も父親の要素だけを受け継いでいるかのようだった。
同母の弟妹であるシンやリューディアは、母親似の容姿と能力をしている。
セレナ、ソディ、モニカは容姿的には母親寄りだが、セレナの平常時の黒眼は父親譲りだ。
そして、父親であるファージアスとクライドだけが持つとされた魔眼……という暗黒の『最凶の器』さえ継承している。
つまり、セレナは父と母両方の要素を併せ持つ……あるいは混じり合わせていた。
その最たるモノが、赤月(真月)の魔眼、ファージアスとクライドの暗黒の魔眼とは違う狂気の赤眼である。
違うといっても、本来の暗黒の魔眼と同じ、暗黒の支配力と無限の容量(キャパシティ)もしっかりと有していた。
「通常の両目だけでも、片目にしか狂気を宿していないあの女とは桁違いだろうに……」
あの女というのは、セレナの実母にして、クライドの義母セレーネである。
「まあ、その分、青眼……浄化の瞳はあの女の片目分あるかないかだがな……」
最近ご無沙汰だが、セレナは瞳を青に……聖、神属性の力を行使することもできた。
だが、あくまで使えるというだけで、赤……狂気の瞳に比べてその力は遙かに劣る。
無論、魔眼も副眼も宿しているのは赤(狂気)だけで、青(清浄)は持ち合わせていなかった。
これはセレナの気質……気性(生まれ持った性格)に原因があると思われる。
逆に、強大な狂気の力を宿して生まれたため、こんな気性(性格)になってしまったとも考えられた。
狂った力が性格を歪ませたのか、歪んだ性格(心)が狂った力を育てたのか、それは誰にも解らない、セレナ本人にも解らない。
「そっちはモニカに譲ったわぁ〜。あの子は私と同等の青(清浄)さの塊……私がお母様の邪悪さを全部引き継いで産まれてあげたから、あの子はどこまでも綺麗で……良い子でいられるのよ!」
赤い両眼に一瞬、憎悪と殺意が宿ったように、クライドには見えた。
「嫉妬? 妬んでいるのか、モニカを? それとも、邪悪を己だけに押しつけたことを恨んで?」
「冗談〜、私は今の邪悪な私を気に入っているわよ。他人から見たら、最低最悪な女でしょうけどねぇ〜、あははははははははははははははっ!」
セレナの右手に赤い三日月の大鎌が出現し、クライドの首を狙う。
「とっ……」
クライドは背中をそらして、大鎌の一閃をかわした。
「きゃはっ!」
「っぅ……」
さらに、切り返された大鎌を、紙一重で回避する。
大鎌が何度も襲いかかるが、クライドは辛うじて避けきっていた。
赤月の拳と違って、なぜか、大鎌は一度たりとも両手で受けようとはしない。
「もぉ〜、お兄様ったらぁ〜、どうして一度も受けてくれたないのぉ〜?」
「ふん、切断されると解っていて受けるわけがあるまい」
「あははははっ、流石お兄様ぁ〜」
セレナは笑いながら大鎌を振り回し続けた。
「…………」
クライドは大鎌の軌道を全てギリギリで見切る。
赤い三日月の大鎌は、もし受けようものなら、暗黒闘気を纏った手さえ容易く両断する……そのことをクライドは一目で見抜いていた。
見た目は以前と何も変わらないようだが、赤い三日月の大鎌は使い手であるセレナが本当の力を解放した時から、その威力と切れ味を別次元のものに昇華(進化)させている。
「きゃははははははは! それそれそれぇっ!」
セレナはデタラメに大鎌を振り回していた。
型も法則も何もない軌道は逆に避けづらい。
赤刃は時々クライドのコートを掠め切り裂いていった。
「うふふふふふふっ、お兄様、綺麗に剥いてあげるわぁ〜」
「……遠慮しよう……妹に脱がされる趣味は……ないっ!」
「きゃはっ!?」
クライドの左の裏拳が、大鎌の赤刃を容易く打ち砕く。
「お返しだ」
「ぐふぅっ!?」
暗黒を纏った右手がセレナの腹部に深々とめり込んでいた。
「圧倒的なパワー……それだけで勝てる程……」
セレナの前からクライドの姿が消える。
「戦いは甘くはない!」
「がああぁっ!?」
背後に出現したクライドの左足が、セレナの後頭部を蹴り飛ばす。
蹴り飛ばされたセレナは、隕石のように地上に激突した。
「……なんてセリフもありきたりか?」
悪戯っぽい微笑を口元に浮かべると、クライドはセレナを追って大地へと降下していく。
「……覇っ!」
地上に降り立った瞬間、巨大な六匹の暗黒龍がクライドを呑み込もうと大口を開けて襲いかかってきた。
「ふん!」
クライドは瞬時に左拳に暗黒を集束させ、巨大な暗黒の拳を放ち暗黒龍を一撃で消し去る。
「きゃははははっ! まったく、私達の喧嘩を見たら、アンブレラは泣くわねきっとぉ〜」
暗黒龍が消え去ると同時に、セレナが強襲し、縦回転の遠心力を乗せた大鎌を振り下ろしてきた。
クライドは軽くバックステップして、その一撃をかわす。
大鎌は大地に深々と突き刺さった。
「九龍疾走(クーロン・ハイ)!」
突き刺さった大鎌を中心に、八方プラス中央に、暗黒龍が大地を割って出現する。
「一匹、二匹の暗黒龍を制御するのに多大な犠牲を払っているのに、私達と来たらこれだものぉ〜」
セレナが龍頭に乗った暗黒龍を、八匹の暗黒龍が取り囲んだ。
「フッ……ネーミングについて突っ込んでいいか?」
九匹の超巨大な暗黒龍に見下ろされながらも、クライドの余裕は崩れていない。
「それは野暮というものよ、お兄様ぁ〜」
「そうか、ならやめておこう」
これだけ、魔皇暗黒シリーズとでもいった技とネーミングの付け方が違う、言葉自体が極東語から東方のある民族語になっている上に、おそらく読みを間違えている……など突っ込みたい所が大量にあった。
「避けないでね、お兄様ぁ〜。お兄様が避けると地上が吹き飛ぶわよぉ〜」
九の龍頭が同時に大口を開け、口内に凄まじい暗黒が集束されていく。
「ふん、それは困ったな……」
「あははははははっ、絶頂(イ)っちゃぇぇっ!」
九龍が一斉に膨大な暗黒の波動を吐き出した。
差詰め、魔眼皇ファージアスの暗黒波動砲が九発同時に放たれたようなものである。
「まったく、デタラメな出力だ……」
少し前に、地上に出現した『不完全』なファージアスより、今のセレナは強いかもしれなかった。
伊達に『全身』で地上にきていない。
魔王より巨大な容量を持つ存在が、魔王達のように大半を魔界に置いてきたりせず、全ての容量を地上に持ってきているのだ。
彼女が……現在、地上に存在する最大最強の魔なのは間違いない。
「こちらはいろいろと制約がある身だというのに……」
九つの暗黒波動がクライドに直撃し、全てを跡形もなく消し去った。







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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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